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私は平凡な技術系サラリーマンです。人生で生き残るためには?
いろんな生き残り人生を考えるようになってきました。


河合

昔話の深層―ユング心理学とグリム童話
昔話の深層―ユング心理学とグリム童話
講談社
price : ¥987
release : 1994/02

無意識と意識の架け橋

 本書の始まり、第1章・第1節のタイトルは「昔話には魂がこめられている」。なんでそんなことがいえるのか、と冒頭から疑問を感じたけれども、著者はユング派の立場から、人間の心の普遍性<普遍的無意識・元型>につながるものが、多くの人に受け入れられ、時代を超えて存在し続けるのだ、というふうに説明する。

 ここで読み解かれるのは、『ヘンデルとグレーテル』や『いばら姫』、『黄金の鳥』などグリム童話数篇。グレートマザーや、アニマ、トリックスターといった元型の概念を用いた読み解きのほか、物語に出てくる数字の意味なども説明されている。

 読み終わる頃には、例えば村上春樹の作品なんかも、バラバラになるまで解釈してみたくなってくるのだけれど、それを見越してか、著者は昔話の読み解きを始める前に、フォン・フランツの言葉を引用している。「いかなる昔話の解釈もその昔話以上に出ることはできないのである」。





わかりやすく書いてあるので簡単に読めてしまうが、内容は深く、恐ろしい。ユング心理学でグリム童話を読み解いているがそれが単なる分析ではなく人間の本質を抉り出すものだからだ。童話はもちろん人間がつくったものであり、ユング心理学に基づいてつくっているわけではない。それが一つの学説でこうも見事に解読できるのだ。人間の本質はずっと変わっていないのだと思わされる。



昔話とはこのような意味がこめられていたとは知らなかった。
心理学の基礎というのはこの本で十分ではないのでしょうか。
ユング、フロイトの考察を学ぶとともに、個人的心理学的考察、個人的問題解決法が得られると思います。まさに。昔話による人生の処方箋ですね。

この本の中で話されている元型、特にグレート・マザーはおもしろい。著者である河合隼雄氏はユング派の心理学者だ。心理学について少し勉強をした事のあるものなら周知のようにまずフロイトが根底にあり、そしてユングやアドラーなどの心理学者が彼を慕ったのち、離れていくという図式が存在する。では、なぜユング及びにアドラーはフロイトから離れていったのだろうか。
 フロイトにおいて精神の構造をあらわすものはエゴ、スーパーエゴ、エス(イド)の3つの要素であり、エスを本能そのもととするなら、それに働きかけるブレーキをスーパーエゴ、そしこれらを外側から取り巻くものがエゴである。
 この3要素におけるエネルギーをリビドーと呼び、性的欲望とした。つまりフロイトの考えによると人間というものは性のエネルギーによって動いているとしたのである。
 これに対してユングやアドラーは自論を展開している。ユングは無意識内に存在するなにか先天的なものが人を動かすとし、そしてアドラーは権力への意志が人を動かしているとしたのである。
 ユング心理学においては無意識というものを個人的無意識、集団的無意識の二つに分ける。この集団的無意識とは、人類全てに存在する無意識の形象的なあらわれである。すなわちこれが元型である。
 元型にはいくつかの種類があり、その一つがグレート・マザーである。そこにはおよそのものを包み込む意味があり、相対立する二つの側面を同時に持っている。まず、一つは生命と成長を司って、懐胎し、出産するなどの「生命の与え手」の面である。そして、もう一つは、独立と自由を切望するもの達にしがみつき、彼らを束縛し、捕獲し、飲み込むという「死の与え手」としての面である。
 「トルーデさん」や「ヘンゼルとグレーテル」の魔女はこのグレート・マザーという元型の実体化したものではなかろうか。一瞬やさしそうに見えるものの、それに反動する殺意も兼ね備えている。
 しかし、これはあくまでユング派における考え方だ。元型という考え方自体がフロイトやアドラーに存在しないとすれば、いかにして上記の物語を理解できようか。心理学に興味のある人間は是非一度この本を読むべきである。自分の培ってきたものでいかに対処していけるか。さらなる考察と共に自己確認も可能だろう。



無意識の構造
無意識の構造
中央公論新社
price : ¥693
release : 1977/01

ユング心理学の初歩として

夢を見る意義と機能について知るために、夢分析のサイトで参考文献として提示されていたのが、本書をしったきっかけであった。私はユング心理学については、全く知識がなく、本書は心理学の入門書、特にユング心理学についての良い入門書だと思う。また、意識と無意識の関係、無意識が人生全体に及ぼす影響について、多くの図や著者の臨床経験に基づいて語られているので、わかりやすく、示唆的であった。

 夢は無意識から意識へのメッセージであり、夢には意識に上っていることへの補償作用があるというくだりは、悪夢を見る無意味さに悩まされていた私にとってとてもありがたかった。

 ともあれ、いかめしいタイトルに惑わされず、ユング心理学について初歩的なことを知るとっかかりとしてお勧めしたい本である。



意識的にとらえたものを円などの具体的な形で表現するイメージの働き、異性の親に対する愛が極度に強いあまり、同性の親を排除しようとするエディプス・コンプレックス、男性が抱いている女性像、及び女性が自分の中に抱く男性像を指すアニマ、アニムス像、あらゆるものを呑み込もうとする母性、社会的地位に応じて自分のつける仮面(教師なら教師らしく、社長なら社長らしく)を示すペルソナ、自分の本来の人格ともう一つの人格が対象化し、もう一つの人格が影となって遊離するドッペルゲンガーなど色々な心の働きやその理論などをこの本を通じて知る事ができ、この本はとってもためになったと思う。しかも無意識の部分は、自分の中にある精神的なものを具体的なかたちでシンボルとして表現したり、異なる性の特徴を内包するなど、(無意識の異性像)不思議な働きをもっていることがわかった。無意識は夢や影など、普段自分達があまり自覚していないようなものの働きをコントロールしているので、それらを少しでも知るのにこの本は役に立ったと思います。本当に興味深かったです。


30年近く前に書かれているが、全く色褪せないばかりか、逆に輝きを増していく著作である。
学生時代にも読んだが読み流しただけだった。著者のバックボーンであるユングの考え方が凝縮されて次から次に繰り広げられるので、つながりが分からなかったし、この本に限らず、夢分析でとり上げられる個々の事例の解釈をうさん臭く思っていたからだろう。

今、「思秋期」にして再読すると、理解するというより、腑に落ちたり、納得がいくのである、まさしく年のせいかもしれない。

中年からのアドバイスとしては、この本を読む前に、著者の心理療法やカウンセリングについての講演録等から入った後で、この本を読まれたらいいと思う。例えば、『カウンセリングを語る』『カウンセリングを考える』をオススメする。



専門的に心理学を学んでいなくても、
とても読みやすい本です。
この本をきっかけに、心の世界に興味を持ちました。

魂にメスはいらない―ユング心理学講義
魂にメスはいらない―ユング心理学講義
講談社
price : ¥840
release : 1993/09

心理学者と詩人の真剣勝負




ユング派の臨床心理学者であり文化庁長官でもある河合隼雄氏と

詩人の谷川俊太郎氏の対談集。

この二人を対談させようとした編集者の心意気がすごいと思う。

また、「魂にメスはいらない」というタイトルも、内容によく

マッチしている。

河合氏は現代を代表する知性に持ち主であり、多くの

著作を発表しているが、いずれも高いレベルの書物である。

対談相手の谷川氏も、相手の言葉に反応しつつ、自分の考えを

ぶつけて、さらに深いところまで切り込んでいく様子は

まさに、言葉の真剣勝負である。

内容が濃すぎて、収まりきらないのか、紙面に対して

活字部分が多すぎ、余白がないので読みづらい感が

あるのが惜しいと思う。


「魂にメスはいらない」というタイトルが良い。
曼荼羅、箱庭療法など、西洋と東洋、日本的なるものはなにか、またそれは西洋世界の真髄をなすものと、どのくらい共通項があるのか、など、今現在の河合氏の学説の雛型が垣間見える。
西洋から興った科学万能の時代、人間は科学で推し量れる存在ではないことを「科学的」に、やさしい目線で教えてくれる本。



河合隼雄氏(1928年 兵庫県生まれ)と、谷川俊太郎氏(1931年 東京都生まれ)の対談です。
両氏は年齢的にも近く、長年の友人が語り合っている気さくな雰囲気を味わえます。
サブタイトル「ユング心理学講義」の通り、ユング心理学のキータームについて分かりやすく語られています。
後ろに、谷川氏の詩について、河合氏による解釈も付いています。



ユング心理学入門
ユング心理学入門
培風館
price : ¥1,365
release : 1967/10

わかりやすく面白い!

ユング心理学入門として最適の書。
わかりやすく内容が豊か。
単なるユング心理学の翻訳にとどまらず、河合隼雄なりの身近な例を挙げての説明がとてもわかりやすい。
ワクワクして最後まで読みきってしまった。


河合隼雄教授。現在は政治にも貢献しているユング派の心理学者としては第一人者のお一人ですが…先程、脳梗塞で重体と聞き、この本が読み継がれる事を祈って書き込みました。

ユングは非常に難解な所がありますが、これを非常に分かりやすく解説されたのが、河合先生でした。僕が大学生だった時にはまだ小此木敬吾先生が御尊命でいらっしゃったので、フロイト学派を信望する学生が多かったのですが、僕はエロスとタナトスだけで判断するフロイトを理解できず、難解だとは知りながらカール・ユングを読みあさった、その前に河合先生の「ユング心理学入門」を何度も読み返した…そんな記憶があります。

病床で危機的な状況に河合先生は今、いらっしゃるようですが…この本を始め、ユング派のアプローチを日本に易しく教えて下さったのは河合先生あってこそ、です。重篤でも、少しずつ回復される事を祈って…。合掌。



京大でおこなわれた河合隼雄氏によるユング心理学の概観についての講義録。日本にはじめてユングが紹介された記念すべき本で貴重であると思う。ただ、これを読んでユングが理解できたと思って、ユングの著作に挑戦するとひどい目にあう。あまりにもむずかしくて。

青年期、言語を失うという一時期がありました。自明の価値体系が崩れたために生じました。「神国日本」の崩壊を見た国粋主義者らの、敗戦直後経験した心理状態がそれに酷似しているように思います。それはそれは苦しい時期で、その苦しさのゆえに生きているという状態でした。

それは自分という存在についての自覚を、知的認識においてではなく心理学的な体験というカタチで迫るものでした。自分の『影』と直面し、『自己実現』を迫られ・・『ドッペルゲンゲル』(二重身・自己像幻視体験)があり、また、『ヌミノース体験』(神秘体験)がありました。それらはまさに圧倒的なものでした。

丁度大学受験を控えた時期だったのですが、受験どころではありません。自分に降り懸かったトンデモナイ体験を分析するのが当時の日課になりました。

その頃、手にしたのが、当該書籍です。この書籍を通して自分の体験を対象化し、意味付け、受容していくことができました。「自我の統合性を脅かすもの」とも定義されている『コンプレックス』とは、まさしくキリスト教でいうところの「罪」と称するものであること、また、少なくとも心理学的意味においては「神」の存在を否定することなど決してできないことを悟るよう助けられもいたしました。

当該書籍がユング心理学の全容を知る上での最良の入門書であることは(発行されて40年近くなりますが)今日でも変わらないように思います。人の心に関心をお持ちの方はもちろんのこと、宗教、芸術に係わる方など広く多くの方にぜひご覧いただきたい書籍です。



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